■大阪の講師・文化人派遣業者がお薦めする納得の講師派遣:玉岡かおる ...

- 玉岡かおる講師の講演・セミナー・研修・プロフィール・見積り等に関するお問い合わせ、玉岡かおる講師への研修企画・講演依頼・講師派遣・のご用命は、?経発、担当・大森までご連絡ください。TEL 06-6939-1297 / FAX06-6313-1296 (TEL06-6313-1924 転送専科)E-mail:koushi@keihatsu.co.jp 作家の玉岡かおる先生は、長編の書き手として知られるが、 テレビのコメンテーターとしては寸言で活躍。講演会・セミナーの講師として は、作品同様、豊なボキャブラリーで聴衆を魅了してくれる。 玉岡先生の“明治三部作”のひとつに 『銀のみち一条』上・下巻(新潮社)08/11がある。 佐渡金山、石見銀山と並び表されるように、かって日本の代表的な銀の鉱山を 舞台にした、国家と人間の近代化を描いた長編(恋愛)小説。2年半に及んだ 連載の大幅加筆によりなる。 玉岡かおる先生は、初めて「銀の馬車道」に立った時には、 往時とは異なり、その道は基点の銀山から播磨へ向かう峠を越えて町の名前が 変わるところで見失うとか。 「耳を澄ませば、この道の上を通り過ぎた、無数の人や時間が、さざめきながら 語りかける。その中のひとつぶを、そっとつまんでてのひらに載せたとき、 この物語が始まった。それは、この道が数え切れない人々の人生を運び、この国 の未来に向かってひた駆けた時代の、もっとも輝かしい記憶であった。 …明治、大正、昭和と一億の民が歩いた道だ。 そして今、世に繁栄をもたらした火を走り終え、道は、風だけを運んでただ静か だ」 という著者のあとがきを見ても、作家の創造力のふくらみの源が伝わってくる。 本書は、 常に死と隣り合わせの暗く冷たい銀山の地底で、恵まれた体躯を元手に鉱山一の 稼ぎをあげてきた雷太は、待遇改善を求める工夫代表。彼を襲った忌まわしい 暴力。旧制度を守ろうとする部屋主たちと職人肌の坑夫たちの対立。 幼馴染みの芳野の気高い想いと、ひたむきな志真の求めたささやかな幸せ。 そして…すべてを失った雷太が、真っ暗闇の中から見つけ出したひとすじの道。 東京帰りのハイカラ咲耶子は、小説家の師匠の私小説風作品より艶聞にまみれる。 「師の大槻は、文学をなす者は有髪の僧であれととき、戦争にも似た世俗の喧騒 の中にあっても、文学者は戦死ではなくこれを観察傍観する従軍記者でなけれ ばならぬ、と教えた。 だが今、咲耶子ははっきり自分の内に、そんな師匠とは異なる考えが芽生えた ことを知る。自分は世俗の人の営みの、戦争の中に身をおきのたうつ戦士で あろう。そしてみずから流す血潮で文章を書きしるす者たろう。ペンが滑る。」 (『銀のみち一条』下巻 p307) 師から横恋慕され、数々の汚名を着せられた女学生が、それを晴らすために、 自害して果てる前の遺書という形をとった小説を世に問うて人気を得る 傍観に襲われたが一命を取りとめ、坑夫ではなく、監督として山にもどる雷太 は、咲耶子との逃避行の中で、老農夫の夜なべにヒントを得て、生野に戻り 独立し、資材業を起こす。 「叺の土嚢を坑道に導入して出水事故を防ぎ、鉱山に安全をもたらすことを 手始めに、アセチレンガスを用いたヘッドランプの導入で、鉱業の能率を飛躍的 に上げた…坑夫の健康管理のために作った健康飲料は、坑夫だけではなく一般 庶民の間にも広がり、生産が追いつかないほどの人気を博した」(P311) 古い体制の中で懸命にあがきながら生きた明治の男、そして明治の女たちの葛藤 や哀しみを圧倒的な筆致で描き出した傑作長篇。 玉岡かおる先生のプロフィール 1956年兵庫県三木市生まれ。 神戸女学院大学総合文化学科卒業。 二年間三木中学教諭を務めた後、 1989年『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 現在 作家。傍ら「スーパーニュース・アンカー」(関西テレビ・月曜 16:55〜)コメンテイター。 ※関西を舞台にした長編小説が多いが、以下、“明治三部作”と呼ばれる。 (1)幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』(2巻組で成る大長編小説) (2)巨大商社・鈴木商店の女主人の一代記『お家さん』、 (3)生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』 (いずれも新潮社) 【公職等】 日本河川協会(財)理事、兵庫県景観新議員、兵庫県美術館審議委員。 播磨の文化遺産である「ため池」の保全を通じて広く環境を考える「いなみ 野ため池協議会」会長としても活動中。 【受賞】 (文学賞) 2007年 『お家さん』で第25回織田作之助賞を受賞。